もし、著作権を主張する人がおられたら教えてください。すみやかに消します。台湾の歴史をみんなで知ることはいいことではないか、という趣旨で翻訳しています。

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先史時代からオランダが「フォルモサ」と呼んでいた時代(???-1662)


長い間、台湾は単に幸せな遊牧生活をする原住民の女の子でした。





パパ ポルトガルは台湾に公式に"イラ・フォルモサ"と名付けてくれた最初のヨーロッパ人でした。でも、パパ ポルトガルは去り、マカオを植民地にしました。(でも、台湾は今もこの名前が好きです)



「俺んとこ帰ってこいや」
「君はいま、素晴らしい私とハプスブルグに認められたんだよ。」
「カッケー、でも私の好みじゃないのよね」
「その気持ち悪い笑顔止めなさいよ。で、トマトってのはなに?」




帝国主義の初めにオランダ人と呼ばれたカッコイイ奴とスペイン人が、台湾をアジアの植民地のひとつとしました。(他にもいろんな奴が)


「赤頭さん、これはなに?」
「これはカナリア諸島からのカナリア雪玉というんだよ。」
「私は淡水と呼ぶわ」




台湾は彼らを髪の色から"赤頭"と呼びました。そしてトマトと呼ばれる邪悪な野菜を持ち込みました。

* "タンシュイ(淡水)"はスペインにより開発された初期の港です(後にオランダ)。そこは西洋文明の入り口となりました。淡水は"ポート アントニオ”と名付けられました。

*オランダはスペインよりも歴史的な影響を大きく残しました。

*台湾は今もトマトを大事な食料として育てています。


中国明王朝と清の支配(1662-1895)

「台湾から出て行け!」
「君は今から私の小さい妹だからね。ところで、いくつ?」
「わかった行くアル」












「うがー、あんたなんか大嫌い」
「あひー、この子をなんとかするアル」





中国と台湾は家族になりましたが、統一されたというよりもちょっとした軍事占領でした。中国にとっては台湾は重要ではなかった、子供であって欲しい程度でした。中国はなんとなく領有したかったのです。関係はいいワととても言えるものではなく、最低でも70回の暴動が起きています。


「服はいいんだけどね」


台湾は、兄と400歳の年の開きがあるちょっとへんなティーンエイジャーに育ちました。


「おい中国、可愛い子いるじゃねーか。」
「いらないなら、もらってくぜー」


1860年の第二次アヘン戦争後、中国は多くの国から脅迫されるようになりました。中国はフランスとイギリスに淡水や他の港町への寄港を許可し、茶、蔗糖、樟脳の貿易が始まりました。


「僕はもっと君を見ていればよかった。」









中国はフランスが台湾にへんなことをするのが嫌でした。もう少しマシなお兄さんの役割をしようとしました。


日本帝国支配(1895-1945)

「台湾娘、俺負けちゃったアル」
「あれ、アヘン戦争よりひどくやられたみたいね。どうしたの?」
「日清戦争に負けたアル。で、君、今日から日本のものね。」

「はぁ?なんてことしてんの中国!」

「やぁ、台湾娘!俺は日本さ。君の新しい兄弟だよ。君を最初の妹にできてうれしいよ。」
「よろしくね!」

「別の年老いた兄?。。。ガーン」















「さぁ、日本語とマナーを学ぼう」
「やんなきゃダメ?お外に遊びにいきたいお」





台湾は発展途上で、いや私がいってるのは女性らしさとか女っぽい部分とかじゃなくて日本の最初の小さい妹として、日本は台湾を"日本の次世代トップモデル"にして、将来の弟、妹に見せられるようにしようと決めたのでした。


「君、下水道システムって知ってる?」
「ゲ・スイ・ド?」

日本も抵抗を受けましたが、日本は台湾を日本スタイルの近代化することに成功しました。

* この短い間に、日本は下水道システム、鉄道、度量衡、銀行、ラジオ、電話、警察署、砂糖の産業化、米作り。。。などなどを台湾に定着させました。みんな忘れてません。言語、通貨、教育は突然、日本本土と同じものに変えられました。


戦後から、近代(1945-今)

日本と台湾のすごした日々は、日本が第二次世界大戦に敗戦し、短い間でした。

「戦争に負けちゃったから、君、中国に戻ることになったよ。」
「また、あなたも?」

「君が過去50年間、僕を嫌ってたことは知ってるから帰るわ。」
「荷物持つわよぉ」


この兄妹時代はたったの50年だったけど、台湾の歴史上、とても重要であることは間違いありません。

エクササイズで今や台湾はとってもファッショナブル、イェイ!





「さみしいな。サヨナラ」

台湾は今でもとっても日本と深い関係にあります。日本が去った後、台湾は中国兄さんの元に帰ることが期待されていました。第一次世界大戦前のように


ねぇ、新しいボスはセクシーじゃない?
「なにいってんの。バイバイ」






でも、中国文化は私達の精神の一部です。ちょっと変なボスだとしても。台湾は新しい仕事をえ、家から出て、ある人達は海を渡り戻ることはありませんでした。


「戻る準備はいいかい?結婚しない?」

「いやよ、私は私でいるから。」
「現実を見て」
「そのキティちゃんはなに?」
「どうしてあなたはいつもこうなの?ひぃー」



各々の道を進むことになった後、時がたつにつれ、お互いはどんどん違うようになりました。中国は共産主義の考えを取り、台湾は事実上、専制君主制度から民主制度に移行しています。彼らのボス達が各々うまくやった後に会話すると、多くの面で同意できないことがわかるでしょう。

いつか、中国は世界に向かって提案するでしょう。「さらば、台湾」


中国と台湾の問題はありますが、台湾はバブル・ティー(黒い大粒タピオカの入ったミルクティ)を飲んで、ACERのコンピュータを作りながら、幸せでいます。

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