キングジムが出したテキスト入力専用機ポメラ(ググるとポメラニアンが一緒に釣れてしまう)。
これ、みなさんどう思いますか?テキスト8000字がひとつのファイルになるだけで実売価格が2万円切るところ。ウルトラモバイルPCが3,4万円なところを考えると難しい選択だよな。
モバイルギアとかInterTopとか使っていた私としては少し食指が動いたんだけど、テキスト入力だけでそのテキストをPCにアップロードして終わり、というと興味半減ですねぇ。無線LANもなにもないって夢もない仕様だなぁ。雑誌のライターさんにはいいのかな?
Archive for 11月, 2008
成果主義、って悪いことのようにいわれるが、それは運用の仕方が悪いから。組織全体の目標を決め、それに応じた組織をつくり、組織の役割とその人のレベルに応じた目標を決めるということが「成果主義」で、運用するにはマネージャの教育が必須なのだ。普通の企業のようにマネージャ教育をしない限り、成果主義の運用は不可能である。詳細はここをみてね。
そして、現在をたくましく生きている山崎元さんが「陰気な成果主義」という記事をお書きになっている。私より高度な見方で、社内の茶坊主が生き延びていくのにうってつけ、かつ、それを薦めた外資系人事コンサルティング会社が諸悪の根源だと示唆している。(蛇足だが、外資系の人事関係の会社ってどうして、ああいうふうに日本人を見下すかね。外見が黄色人種で中身が白人な連中をバナナというんだが、まさにそれ。エリート意識があるんだろうな。)
これは大きな仕組みの話で「べき論」に終始してしまい、自分の身の回りとは関係ないので、例によって、巷で書かれていない実践的な話を書きます。コミュニケーションコストについて考えましょう。
さて、部下の成果を日々、どのように把握していらっしゃいますか?これが、多くの若いマネージャはまったくみなさんできていない。「暇がない」とか「報告にこない」とかいってますが、正直、ほかに方法を知らないからでしょう?
考えてみてください。「日報という日記を書かせる」「会議という報告会をする」これで効率よく把握できますか?下図を見てください。
左側の3つの図で人数が増えるとコミュニケーションパスが幾何級数で大きくなることに気づいてほしいのです。このコミュニケーションにかかるコストが、人が増えると生産性が下がる原因です。漠然と感じているでしょうが、はっきり認識すると組織の生産性向上に直結します。
忙しいマネージャの方なら、一日、ミーティングして終わりで仕事した気分かもしれません。方向性を決めたり、なにか進めばいいミーティングだったのでしょう。でも、コミュニケーションに終始していたらきわめて低い付加価値です。「みんなで顔を揃えて」というのは一見いいように思うでしょうが、コミュニケーションを効率的にしないとはじき出されている人もいるのです。
右側はいわずとしれた、ハブ&スポークの図です。こうすると、人の増加とコミュニケーションパスが正比例で済みます。そこそこの規模の企業でポータルやメルマガといったインターネットでマスに対して行うのと同じ方法をとるのは理にかなっているのです。そこで双方向を考えると、社内ブログというのは双方向のコミュニケーションツールとしては有効です。検索エンジンをつけておけば、いうことなしでしょう。
すでにグループウェアやメーリングリストがあるのならば、上のハブ&スポークを意識してコミュニケーション方法を確立し、無意味なミーティングをバッサリ消すべきです。それでコミュニケーションにかけるコストをどんどん減らし、本来の仕事に向かってもらうのです。周囲がそうしていないならば、少なくとも自分の組織内はそうすべきです。なぜならば、そうしたほうが「儲かる」ことに近づくからです。もう、気分でダラダラ残業してるようなのんきな時代じゃないです。体を壊さず成果を出し続けるにはホワイトカラーといえども生産性をあげるしかないのです。日本のホワイトカラーの生産性はものすごく低いです。それは今までのやり方が悪いということを意味していると謙虚に受け止めることです。 働いている人たちのルール整備はマネージャの重要な仕事です。
繰り返しになりますが、自分の権力の確認のためにミーティングをするのは愚か者です。本来は部下の手にあまる仕事をサポートするだけで手がいっぱいなのが、マネージャのはずなのです。
ここ、何十年かごしに自分が考えていた問題について記事が出ていた。が、答えはない。
記事は社員が壊れるという日経BPの連載。一部を引用する。
「下請け頼みの体質が染みついた結果、NECや日立製作所のような大手でさえ、自社だけではシステムが作れなくなっている」と有賀貞一JISA副会長(CSKホールディングス副社長)は指摘する。
かつては、下請けを使うといっても、その範囲はおのずと限られていた。元請け会社の責任者であるプロジェクトマネジャーが顧客の要望を取りまとめ、システムを設計する責任を負っていた。下請け会社の仕事は、その“設計図”を基に実際のプログラムを作成すること。両者の間に、はっきりとした役割分担があった。
だが、最近はそれが怪しくなっている。元請けは設計図の作成はおろか、孫請け以下の外注管理まで、下請けに丸投げするケースが珍しくない。こうなると元請け会社が介在する意味は、その高い知名度だけ。事実上、「大手が元請けになっているからと、顧客を安心させるためだけの存在」(有賀副会長)になっている。
もう大昔だが、とある大手外資系でSIのPMをやっていたころから思っていたことだ。当時、私は「コードの読めるPM」として変り種だった。それゆえ、技術的難易度の高いSIを得意としていた。逆に大規模で大量に人を使うのは苦手だった。
その当時ですら、「コードが読める、書ける」ということには批判が多かった。「PMはより付加価値の高い仕事をしろ」という背景があるからだ。付加価値とはビジネスに貢献することである。勢い、契約を取るまでのほうに優秀な人材が集まることになる。その中でも大きいサイズの案件ばかりを狙うようになる。それは年間の売り上げ高を決め、所定の利益を出し、毎年そのゴールは高くする、という目標を掲げたら最適な答えだから仕方ない。
それでも当時から疑問はあった。お客さんが最終的にお金を出す理由は、「高い技術を自社のビジネスに貢献するように使えるようにしてくれているから、」じゃないのか、と。「高い技術」部分をおろそかにして、いかに素晴らしいかという売り込みと現場でなにが起きているかわかっていないで(プログラムやAPIを理解できないってそういうことだろ?)スケジュール管理をしている人間だけが「高い付加価値」というのは、ものすごく疑問だった。
それから何十年も日本のIT産業はVisual BasicとOracleとODBCでなんでもかんでも作り続けた。Linuxになっても採用の理由のホンネは「タダだから」。PHPやPerlでダラダラと動けばいいんだろう、とコードを書き続けた。教育などは市販本にまかせ、それで「ローテクだから」と買い叩くことを、上の記事では「下請け頼み」といっている。下請けに教育などしたことはないのに、高い技術の提供などできるわけがない。
IT業界のエンジニアは認めたくないだろうが、日本に新しい高い技術を利用したシステムは技術軽視のためほとんど存在しない。Windows, Linux, Oracle, MySQL, DB2すべて外国製だ。ハードウェアもCPUはインテル、マザーボードは台湾(日本では設計できないって事実がある),ネットワーク機器はアメリカ(Cisco,F5,Nortel…)、大型ディスクもアメリカ(EMC,IBM,NetApp,Brocade…)すべて外国製。いくら「俺はよく知ってる」とうぬぼれたところで、製品を設計、開発した人間にはかなうわけがない。そして、「枯れた技術が大事」とか「相性があるから」とかで何年も前の古い技術でいいのだ、と言い訳をする。新しい技術に果敢にチャレンジしているのはむしろ、大手のユーザーであるのが現実。
要約してみる。お客は技術について金を払っているつもりだが、ホントウは技術にお金は流れていっていない。ほとんどの技術者のもつ技術の調達コストと賃金はものすごく安い。お金はその周辺でいかにいいかを書き立てる人間(営業とかコンサルタントとかプリセールスとか)に流れていっている。エンジニアも技術を習得したところで評価されるわけではないため、研鑽の必要性を認めていない。総合的な技術は大手のお客さんかサービスプロバイダーに存在するという、おかしな状況がここ数十年続いている。今さら日経BPのような問題提起をされたところで、経済原理を変えない限りこの傾向は続くしかない。
常々書いているように、システム構築費を人月計算している限りローテクで作るほうが工数が余計にかかり、得なのだから変わりようがない。記事が問題提起しているのは、そのローテクですら危機的だといっているに過ぎない。
巷に書かれていない大事なこと、今日は「お金」
あらためていうのだが、「会社はお金儲けのためにある」いろんな言い訳をするヤツがいるが、逃げちゃあダメ。逆にお金の動きに強くなれば、自分のキャリア、自分の組織を守るためにこれほど強い見方はいない。
一流企業って、あまりにきれいに語られるから、みんなが誤解しているが、要するに「儲けて大きくなった会社」のことをいう。違う例があれば、ぜひ、教えて欲しい。どれだけ立派な理念、顧客満足度があっても、儲かってなければ一流とはいわれない。後から内情がばれて騒ぎになるが、それより前はいかに一流か語られていたではないか。儲けて大きくなることがホントウはすべて。小さいのにあこぎに儲けていても仕方ないが。
さて、これを踏まえてマネージャについて考えてみる。しばしばサラリーマンの啓発書に「自分のひとつ、ふたつ上のランクからのモノの考え方をしろ」と書いているものがある。でも、私がしばしば指摘しているとおり、サラリーマン経営者や能力の劣る経営者、はたまた運だけが頼りの経営者は多数いる。「自分の上」が参考にならないことが多いのも確かだろう。ホントウの指針は「事業(=金儲け)プロセスとして考えろ」である。
企業とは、金儲け口(=事業)をいくつか持っている組織である。内部のすべての組織はそれを維持するためにある。それゆえ、事業として自分、自分の組織がどういう役割を演じて貢献しているかを見誤ってはならない。たとえば、「コストを削減する」という手段が目標となったとしよう。究極のコストダウンは不要な組織をなくすことである。ところが多くの場合は、仕事を見直さずに人を減らせないか、鉛筆を減らせないかばかり考える。だから、たいして減らない割には、社員はタイヘンになる。どこかおかしい。
実は、事業上では一時的にコストがふくらんで、その後、がくんと下がるのでもいいのかも知れない。仕事を見直すとなると、だいたいそうなる。そのふくらみを経営者が許すのか、「やらない」というのかは、事業と違う観点である。こういう場合、悩まない。だって自分が提示した基準外の話だから。
なぜ、こんな話をしているかというとマネージャって考え方の価値基準をどこに置くかが、ものすごく重要だから。基準が毎日変わる人は「上司は思いつきでものをいう」と揶揄される。基準外のことで評価されても仕方ない、と思わねば会社勤めは無理。派閥の風も日々吹く。だめなマネージャはその風に敏感である。結果、風に吹き飛ばされる。そういう風を無視して、企業が存在する理由を基準としていれば、ぶれない、違う判断をする場合も悩まない。結果、業績はあがる。
部下の仕事についても、あらかじめ基準を明記しておくことは重要である。議論の中で自分が基準違反をしていることだってあるのだから。 基準を共有することが「価値観を統一する」ことにつながっていく。サークルのノリで薄っぺらい自分の信念を振りかざしてはならない。
そもそも、人の考え方をかえさせて仕事をさせるというのは、すごく傲慢なのだ、と思ったことはあるだろうか。ファーストフードの店がいい例だが、マニュアルどおりの作業をし、勤務時間からあがったら、なにも悩みはない。なにを考えていても、きちんと作業をしてくれればいい
従業員の考え方を変えるというのは、思想の自由に介入することなのだ。勤務時間外でもオフタイムでも仕事で悩む状況は、人の考え方をいじってるからだ。しばしば「モチベーション」と簡単にいうが、モチベーションをあげるという行為は危険が常に伴っていることを忘れてはならない。
それゆえ、価値観は企業の上司として正当なものでないといけないのだ。モチベーションなり、議論なりはその範囲内ですることとなる。マネージャの訓練を受けていないと、安易に「みんなで気持ちをあわせよう」とかいうが、それは実はタイヘンなことをいっている。安易にまとめてはいけないのだ。人の気持ちはそれぞれ、今、かりそめにも同じ職場にいるから成果をうまくだそう、と考える。それを理解できなければ、マネージャは務まらない。それがリードするということだ。
いやぁ、これはウマイ!
ファミマで売ってるんですが、ちょっと知ってる女性は手が出ないだろうな、と思うネーミング。
が、これがウマい。ひょっとしたら銀座コージーコーナーのシュークリームと互角かも知れない。ここのところコンビニのシュークリームはクリームはあっさり、ホイップをぶちこむという私が嫌いな味だった。ここへきてファミマが出した、このシュークリームはカスタードクリームの味を正面から問い直した作品といえよう。
発見してから、毎日、3時のオヤツに買っている。
ここのところ何人かの若いリーマンと話をしていて、「課長ってどうするんすか?」とか「部長ってどうするんすか?」とかいう話を聞かされる。思えば以前、勤めていた某大手電話会社でも管理職としての基本的なトレーニングってなかったと思う。ましてや中小企業、ベンチャーの管理職ってなにしていいのか、わかんないんだと思う。何回か、記事を書いてみようかと思う。もちろん、独断が多いがそこは勘弁してほしい。すべて巷には書かれていない必殺武器だと思ってる。
今日は、管理職のマインドについて。
そもそも管理職、リーダーのスタイルって個性による。「こうでなければいけない」という管理の方法はない。「俺についてこい」タイプだっていいし、「みんなと相談、でも決めるのは俺」でもいい。各人の人間に対する考え方を曲げて、他人の方法をマネしてもうまくいかない。理想の管理職像を勝手に想定している人事部をよく見かけるが、あまりに人間に対する洞察に欠ける。逆に、管理職、リーダーとしての自分のスタイルは、一生追い求めなくてはならないものだと思ったほうがいい。
ただ、それじゃ「なにしてもいいじゃん」で議論にならないので、管理職としてのチェックリストを挙げておく。
1.まさか部下より自分が偉いと思ってませんよね?
部下がお客にいき、サービスを提供し、モノを作っているのであれば、部下の活動は会社の活動そのものです。それをリードするなり管理するなりは、「仕事をやっていただいている」のであり、俺がやらせている、と間違っても考えてはいけません。課長になったから偉い、という根本的な誤解が管理職の正しい教育を受けていない人間に見受けられます。
2.功績は部下のもの、責任は自分のもの
現場で高いパフォーマンスが出たとします。それを評価されたい一心で自分のものにしてしまう管理職がいます。が、経営者から見るとそういう管理職は失格です。考えても見てください。そのパフォーマンスを社長が「俺のものだ」といったら会社はどうなりますか?みんな「全部もっていかれるんだ」とヤル気をなくしますね。いい仕事は現場を褒める道具に使うもので、自分で消費してはいけません。高いパフォーマンスを奪い合うのではなく、多数作り出せるのが組織の長が考えるべきことでしょう。
一方、部下のチョンボは管理職が負うべきものです。「俺は知らない」は組織の長が絶対にいってはならないことです。いっていいのは、まったくの報告も連絡も相談も(ほうれんそう)がないままに勝手に行われたことのみです。それでも「俺は知らない」は結果として、ないのです。先の例と同じです。企業の不祥事を社長が「俺は知らん」と記者会見で言ったら、どうなりますか?
そして自分が育ってきた間に失敗は多々あったでしょう。それをぬぐってくれた上司がいたから今の自分があるのではないですか?もうひとつ、「俺は知らない」と逃げる人間についていく人がいますか? よく、部下をしかる管理職がいますが、愚か者です。そういう風にしてしまったガイドをした自分について、まず、よぉく考えましょう。ちゃんと事前にノウハウを伝え、やってみせ、確認しましたか?
もし、面倒くさいとあなたが思ったとしたら、正直、あなたは管理職に向いていません。専門職の道を探しましょう。(マジ)
3.すべては借り物
「俺は権力をもっているから部下は従うべき」と思っている人は、愚か者です。部下の先にはお客様がいます。お客様の前には社長でも頭を下げます。なにしろ、お金をいただけるのですから。日々、お客様と働いている部下を命令でどうとかできると思っている人間は、私からすれば火薬庫の前でタバコを吸ってるバカ者です。一緒に仕事をしよう、と思わない限り部下だってついてくるわけがありません。特に能力の高い部下はついてきません。
同様に「仕事だから」と部下を説得しようとしている人もいます。これも権力を振り回すのと大同小異です。まったく説得になっていません。「仕事だから」というと仕事じゃない部分はすべてあなたがやらねばなりません。仕事とはお互いに「のりしろ」を作って組み合わせるから漏れのない事業となるのではないですか?
どうしてもやってほしいのであれば、あなたも口だけではなく手伝うべきです。それが役にたとうがたつまいが、そこまでやってこそ、会社として必要だという意味を伝える説得なのです。合意できないのであれば、そこまでやるのが管理職でありリーダーです。
そして、会社の資本も資材もすべては株主のものです。サラリーマンとは、他人の金を動かして仕事をしている人のことをいいます。だから、利益の大半をもっていかれても文句はいえないし、役員以下は株主総会で決まり、そこから役職は配分されているに過ぎないのです。退職、定年になれば返上するものです。権力も資金も、すべて借り物だということを忘れてはいけません。
上の3点をまず忘れないでください。これが管理職でもリーダーでもスタートの原則です。
オバマ氏が大統領になった、ということで、今後の米国の外交政策と日本のあり方についての議論がかしましい。
100年に一度のことが起きていると思っている私は、こういうアメリカ属国主義を続けると思い込んでいる記事は疑問に思う。一方で、この間、紹介した田中さんは「アメリカは一国で世界の安定を維持することをやめ、多極化主義にいこうとしている」と何年も前から主張されており、その中での日本はアジアのひとつの国として、きちんと主張しないといけない、世界からよくないと思われている国の後ろにしがみついている国はかっこ悪い、とおっしゃっている。
英語議論ではないが、自分の考えをもってきちんと意見をいう、ということをしたいと思う。そして、こんなことがエンジニアとしてなんの関係があるの?と思っているのなら、あらゆることに関係するよ、といっておきたい。たとえば、
- アメリカのIT会社以外にヨーロッパやロシアの会社を見聞することが増えるだろう。
- ドルはもっと下がるだろう。アメリカが本社の会社は給料が下がるかも知れない。
- アメリカの会社で日本から撤退するところも増えるだろう。
- 中国、インド、アジア圏との対等な取引が増えるだろう。
- 株主至上主義が弱まるだろう。
- 日本の企業は仕入れが安いので、景気はある程度回復するだろう。
もし、アメリカが景気対策として戦争を始めたとしても、大幅減税のため続行はむつかしく、やはりアメリカの力は弱まるようだ。
世界が、EU、 ロシア、中国、アメリカなどのように多極化するから一本立ちしなくちゃ、と考えるのか、アメリカ属国主義が続くと思うのか、よく見極めよう。

