ささいなことだけど、apt-spyを導入した後は、apt-spy updateをしなければ、-s JPが動作しないと思います。apt-spy -s JP -d stable はやったほうが、パッケージの取得がすごくラクになりますよ。
Archive for 8月, 2007
非常に残念だったが、Ruby on Railsを諦めた。Ruby on RailsはJavaの数倍の生産性だ、ということで興味深く勉強した。生産性の高さの秘密は、
- WEBでありそうなルーチンがビルトインされている
- MVCモデルが開発ルールとして決まっている(フレームワークだからね。)
- 一般的な開発で共通に使うライブラリーが完備
- コーディング規約が決まっている
- 周辺のユーティリティも充実
なんだろうな、というイメージを持った。
諦めた理由は次のとおり。
- 規約が大量にあり、覚えきれない。そして刻々とかわる(部分的に使うことはムリ)
- データベースを触らせないようにしているようだが、おかげでフィールド名その他をはっきり認識しないままでいてしまう。
- デバッグが不可能に近い。どこでどうトラブルが起きたかさっぱりわからない。単なるスペルミスでも、エラーが次々とクラスのエラーを引き起こしていく。オブジェクト指向のよさであるカプセル化は皆無に近い。
- 日本語化するgettextのインプリのされ方が辛い。こんなメンドウなことをするくらいなら、コードを埋めておいてメッセージングオブジェクトを作っておいたほうが簡単。
プラグインがいろいろあるのはありがたいが、トラブルシューティングがさっぱりわからない点で自分で開発に使うのはムリ、と諦めた。
もっともその前に演習問題が最新のライブラリーでは動作しない、どころか呼び出し方まで全面的にかわっているので、調べるのにものすご?く時間がかかった。
オレがアホなせいなんだろう。ちょっと使いこなせないな。本を書いた人はこんなわけのわからんものがわかるなんて賢い人なんだろうなぁ、と思った。
でも、大規模開発ならJAVAのSTRUTSがそびえ建ち、軽く開発するならPHP+好みのフレームワークで十分。RUBYで開発するのは「よほどのこと」がなければ広まらないと思う。Railsが「よほどのこと」かと思ったが、これではJAVAとPHPの間に割って入れるほどのものではないように、私は感じた。
こうしてRubyはあきらめたわけですが、(本は都合、4冊ほど買いました。) 心情的には日本人の作ったオブジェクト指向言語がもっと流行ってほしい。PHPを凌駕してほしいな、とは思います。
ちょっと時刻を更新するために、わざわざntpdを立てるのはヤダ。
Debian Etchでは/usr/sbin/ntpdate-debianというスクリプトが、立ち上がり時に/etc/network/if-up.d内のntpdateから呼ばれる。
ntpdate-debianは、/etc/default/ntpdateを参照して動作を決める。NTPDATE_USE_NTP_CONF=noにして、下にntpサーバー名を書けばいいようだ。
ntp.nict.jpを0番目にいれた。
技術話ばかり書いていると、わからん話が多い、と怒られたので別の話を書きます。
EQをサービスしている会社のひとつ(J社としておく)と、昔は少なからずつきあいがあったのでよく知っているし、ビジネス雑誌などで、対人関係の切り札として紹介されているのを見かけます。
私も以前は感情をコントロールし、相手の感情に訴えかけるって大事だと思っていました。しかし、よく考えて見ると、「それだけじゃ、片手落ち」です。
疑問に思った最初は先のJ社がいつも社内、社外と揉め事が絶えないことでした。離職率も高いし、固い絆で結ばれていた経営者も別れてしまう、この間の取引先と、もう取引しない。もちろんEQを売り物にしている以上、喧嘩別れなんかはしてませんが。
でも、ホントウにEQが役立つならば社内、取引先との関係は良好じゃなくちゃおかしいでしょう。なにしろ、別段EQと叫ばない会社でも、人間関係の良好なところはいくらでもあるのですから。
しばしばサラリーマンしている人が忘れるのは会社はお金儲けをする場です。他のすべてのことは、そのために存在します。つまり利害で折り合いがつかないことは、どれだけ穏やかに解決したところで取り引きとしては終わりでしょう。
取引が円滑にすすむために、win-winプロセスが大事だといわれます。事業というものを見ている私からすると、win-winのビジネスを作り出すためには、相当な知恵が必要です。目先の利益を追うだけであったり、ビジネスへの理解が足りなかったり、相手の担当者の目指すものをよく理解できていない段階ではwin-winプロセスなど作り出せるはずもありません。
社内においては、社員と会社の関係においても心の中で「対立している」と考えるのか、「社員も成長させるぞ」と考えるのかで、結論が大きく変わります。
その大事な点を考慮せずに感情だけを操ったところで、いいことにはなりません。たしかに、いいにくいことを言う、相手に好かれるなどのためにはEQは重要な技術であることは、私も否定しません。
逆に、企業間でいいビジネス関係を作ろうとする人、部下を大事にする人、でEQがあまりない人がいるでしょうか?そんな人は見たことがありません。つまりEQだけではビジネスは円滑に進むわけがないのです。
EQを教える側の人々はほとんどが心理学好きの人事、カウンセリング出身者です。ビジネスの知恵など出るわけもありません。そういう人々がEQを一生懸命語ったところで、ビジネスを進めるためのエンジン抜きで潤滑油の話ばかりしているようなものです。
先のJ社の社長が「大手の自動車メーカの幹部が秘密兵器にしたいといってるんだよ。」と誇らしげに話しています。それはエンジンがしっかりしていて、コミュニケーションの問題に悩んでいたからでしょう。EQは大切なことを教えてくれます。でも、それだけではビジネスマンとしてはうまくいきません。
むしろ、本業に邁進し、日本人が昔は常識としていた「他人を思いやる心」を忘れないようにしていれば物事はもっとシンプルになります。
なぁんだよぉ。SFU(Windows Service for UNIX)は全然ダメじゃん。
いつものWindows2000Serverに導入したけど、コアのpsxss.exeがコケまくり。
パッチは見つかったんだけど、MSの正式サイトには「サービスに連絡しないとあげないよ」と書いてある。ここでゲットできるんだけど、必要そうなパッチを全部あててもダメだし、いちいち「このパッチはサービスパックなんかをあてたら、やり直さないとダメだよぉ」なんていうメッセージが出てくる。Windows2003でもSP1で書き換えられてしまった、という記事がある。MSはこのパッケージはメンテナンス外に置いているようですねぇ。
結局、たちあがらなかった。残念!WindowsのUNIXライクなリモートアクセスの道は遠い。Cygwinでやってみよう。
久しぶりに思い出して、RadioTrackerを引っ張り出してきた。インターネットラジオから曲を抽出してMP3にしてくれる、というものすごいソフトです。こういうのは合法らしい。まぁ、昔のFMラジオを録音していたのと同じだからね。
光100mbpsだと、放送局を広げるとすごい速度で音楽がディスクに溜まっていく。ただ、これが必ずしもいいかというと、次のような問題もあるんです。
- 文字コードがMacにもっていくとメチャクチャ
- 誰が曲名をIDタグに入れているのかわかんないけど、綴りミスにローマ字が多い。
- 番組からの抜き取りだから、文句いえないけど、アナウンスが入ったり、へんな編曲だったりする
- 通信状況が悪いときはブチブチブチブチ
そうはいってもきれいに取れた曲は、ほんと素晴らしい。そのままiTunesに保存!今はバージョン3になって、CDにコピーできるとか着メロとかいってる。私はバージョン2でも十分、満足しております。
今日はVMWareが上場して、いい株価をつけたそうだ。今がピークの会社なので、今、株を売るのは正解だろうな。
で、VMWareのビジネスモデルはライセンス販売だ。
オープンソースにたずさわっている人が今、仮想化をしようとして使うのはQEMUではないだろうか。こう書くとVMWare支持者から、「いや、QEMUにはあれが足りない、これが出来ていない」という意見があるだろう。そっくりそのまま数年前のEMC2買収前のVMWareと同じ状況ではないだろうか。VMWare Workstationだけの長いシェアウェアに過ぎないころを知っているだけに、上場したというのは喜ばしくもある反面、「ふ?ん」というクールな反応もしたいところだ。
すでに、ソフトウェアだけで優位性を保ち、ライセンスというビジネスモデルで永続的に成功し続けるのはむつかしい気がしてしかたがない。翻ってみれば、ライセンスという著作権をもとにブラックボックス的ソフトウェアを売る商売はビルゲーツが元祖で彼と共に消えるのではないだろうか?
似たような構図は音楽業界に見られる。音楽とてゼロから発想した人は皆無だろうに、著作権、著作隣接権、著作権の延長、などなど、ひたすら権利を主張し、お金を出す人には「聞いてもいいよ」という極めて限定的な権利しか渡さない。それが妥当かどうかもよくわからないのをいいことに、誰もがうさん臭いと思っている、数年おきにドス黒い噂が巻き起こるJASRACなる団体に金を払えばいい、ということになっている。
Linuxのプログラムの使用料をわけのわからんJLinuxに払えといわれたら、皆、怒るだろうな。
SCOが裁判に負けて、UNIXの所有権もあやしいばかりか、GNUを憲法違反だとまで罵倒しておいて、その一部を売ることで利益を得ていたなんて惨めすぎる。(そういえば、JASRACとかSonyEntertainmentってLinuxとかオープンソースは当然使わないんだよね?PS2とかPSPでLinuxが動いてるってウソだよね。著作権を主張して商売する人々が著作権を主張しないプログラムを利用していてソースコードを公開しないなんていう恥知らずなことをしてないよね?)
Linuxの開発者として有名なリーナスは「ソフトウェアは人類共有の財産であり、それは科学的知識と同じだ。私が書いたプログラムはみんなのものだし、
そこから改変したものはみんなに返してほしい」というような趣旨の発言がGNUの精神だろう。
プログラムの世界で私がグラグラしている感じをもつのは、リーナスの主張はすでにサブカルチャではなく、IBM, hp, Sun Microsystemsなどなど名だたる企業が乗っているからだ。すでに著作権を商売の主流とみなしていない。
いずれの会社も仕事でオープンソースを開発している人々が大量に在籍し
ている。こう考えるとプログラムの世界のほうが後発ながら、新しい世界を模索しているといえよう。
音楽の著作権を気にしている人々は、「お金にならなければミュージシャンは、ヤル気にならない」と主張する。しかし、人気のないミュージシャンは掃いて捨てるほどいる。プログラムの世界では「俺は人類のために、こういうコードで貢献した。」で生活を捨てて満足している人が多くいる。「個のエゴ」がいい意味で健全に働いている。
私はどちらのビジネスモデルが残って行くのかはわからない。でも、「著作権があるから、それはそのまま一切変更してはならない。似たようなものも作ってはならない」と腫れ物に触るような文化より、プログラムのソースを見て「ここをこうしたら、もっとよくなるよね。ついでにこんな付けたししたんだけど、どうよ?」という議論のほうが、人としてすごく気持ちがいいし、人類の発展に貢献しているのは事実だ。
音楽について、門外漢なので、よくわからんまま、書いてみました。
自宅にはメインでWindows2000サーバーが動いている。これが(最近やらないが)Windowsアプリを書いたり、PICのプログラムの開発をしたり、プリント基板パターン作ったり、Dynamic DNSの更新やら、音楽鳴らしたり、もういろいろ。。。Windowsにしかないプログラムはたくさんある。
ところが管理がめんどくさい。恥ずかしながら先日発見したtelnetで出てくるのはDOSプロンプト画面だし。そこでふと思い出したのがWindows Services for UNIX(SFU)
意外にマジメに作られていて、もともとWindows NTはマイクロカーネルの上にWin32とか、OS/2とかのインターフェースを載せるというレイヤー構造になっている。このUNIXインターフェースを搭載したらPOSIX準拠となる。理論的にはバイナリー互換性があるハズ。(とはいかないようだ)
一方、Windows上でUNIXアプリを動かそうって時の定番がCygwin。これはWin32を叩くアプリケーションって構造。Windowsのファイル内へのインパクトという意味ではこっちのほうが素直か。ただ文字処理が国際化をまるで考えていないらしく、みーんな苦労してる。CygwinとSFUの歴史などについては、ここが詳しい。
やりたいことは仮想化じゃなくて、WinodwsマシンをLinuxと同等(telnetとかsshとか)に使いたいんだよぉ。きっとSFUなんだろうな。

