ここ、何十年かごしに自分が考えていた問題について記事が出ていた。が、答えはない。
記事は社員が壊れるという日経BPの連載。一部を引用する。
「下請け頼みの体質が染みついた結果、NECや日立製作所のような大手でさえ、自社だけではシステムが作れなくなっている」と有賀貞一JISA副会長(CSKホールディングス副社長)は指摘する。
かつては、下請けを使うといっても、その範囲はおのずと限られていた。元請け会社の責任者であるプロジェクトマネジャーが顧客の要望を取りまとめ、システムを設計する責任を負っていた。下請け会社の仕事は、その“設計図”を基に実際のプログラムを作成すること。両者の間に、はっきりとした役割分担があった。
だが、最近はそれが怪しくなっている。元請けは設計図の作成はおろか、孫請け以下の外注管理まで、下請けに丸投げするケースが珍しくない。こうなると元請け会社が介在する意味は、その高い知名度だけ。事実上、「大手が元請けになっているからと、顧客を安心させるためだけの存在」(有賀副会長)になっている。
もう大昔だが、とある大手外資系でSIのPMをやっていたころから思っていたことだ。当時、私は「コードの読めるPM」として変り種だった。それゆえ、技術的難易度の高いSIを得意としていた。逆に大規模で大量に人を使うのは苦手だった。
その当時ですら、「コードが読める、書ける」ということには批判が多かった。「PMはより付加価値の高い仕事をしろ」という背景があるからだ。付加価値とはビジネスに貢献することである。勢い、契約を取るまでのほうに優秀な人材が集まることになる。その中でも大きいサイズの案件ばかりを狙うようになる。それは年間の売り上げ高を決め、所定の利益を出し、毎年そのゴールは高くする、という目標を掲げたら最適な答えだから仕方ない。
それでも当時から疑問はあった。お客さんが最終的にお金を出す理由は、「高い技術を自社のビジネスに貢献するように使えるようにしてくれているから、」じゃないのか、と。「高い技術」部分をおろそかにして、いかに素晴らしいかという売り込みと現場でなにが起きているかわかっていないで(プログラムやAPIを理解できないってそういうことだろ?)スケジュール管理をしている人間だけが「高い付加価値」というのは、ものすごく疑問だった。
それから何十年も日本のIT産業はVisual BasicとOracleとODBCでなんでもかんでも作り続けた。Linuxになっても採用の理由のホンネは「タダだから」。PHPやPerlでダラダラと動けばいいんだろう、とコードを書き続けた。教育などは市販本にまかせ、それで「ローテクだから」と買い叩くことを、上の記事では「下請け頼み」といっている。高い技術の提供など、できるわけがない。
IT業界のエンジニアは認めたくないだろうが、日本に新しい高い技術を利用したシステムは技術軽視のためほとんど存在しない。Windows, Linux, Oracle, MySQL, DB2すべて外国製だ。いくら「俺はよく知ってる」とうぬぼれたところで、製品を設計、開発した人間にはかなうわけがない。
要約してみる。お客は技術について金を払っているつもりだが、ホントウは技術にお金は流れていっていない。ほとんどの技術者のもつ技術の調達コストと賃金はものすごく安い。お金はその周辺でいかにいいかを書き立てる人間(営業とかコンサルタントとかプリセールスとか)に流れていっている。エンジニアも技術を習得したところで評価されるわけではないため、研鑽の必要性を認めていない。今さら日経BPのような問題提起をされたところで、経済原理を変えない限りこの傾向は続くしかない。
常々書いているように、システム構築費を人月計算している限りローテクで作るほうが工数が余計にかかり、得なのだから変わりようがない。記事が問題提起しているのは、そのローテクですら危機的だといっているに過ぎない。
あらためていうのだが、「会社はお金儲けのためにある」いろんな言い訳をするヤツがいるが、逃げちゃあダメ。逆にお金の動きに強くなれば、自分のキャリア、自分の組織を守るためにこれほど強い見方はいない。
一流企業って、あまりにきれいに語られるから、みんなが誤解しているが、要するに「儲けて大きくなった会社」のことをいう。違う例があれば、ぜひ、教えて欲しい。どれだけ立派な理念、顧客満足度があっても、儲かってなければ一流とはいわれない。後から内情がばれて騒ぎになるが、それより前はいかに一流か語られていたではないか。儲けて大きくなることがホントウはすべて。小さいのにあこぎに儲けていても仕方ないが。
さて、これを踏まえてマネージャについて考えてみる。しばしばサラリーマンの啓発書に「自分のひとつ、ふたつ上のランクからのモノの考え方をしろ」と書いているものがある。でも、私がしばしば指摘しているとおり、サラリーマン経営者や能力の劣る経営者、はたまた運だけが頼りの経営者は多数いる。「自分の上」が参考にならないことが多いのも確かだろう。ホントウの指針は「事業(=金儲け)プロセスとして考えろ」である。
企業とは、金儲け口(=事業)をいくつか持っている組織である。内部のすべての組織はそれを維持するためにある。それゆえ、事業として自分、自分の組織がどういう役割を演じて貢献しているかを見誤ってはならない。たとえば、「コストを削減する」という手段が目標となったとしよう。究極のコストダウンは不要な組織をなくすことである。ところが多くの場合は、仕事を見直さずに人を減らせないか、鉛筆を減らせないかばかり考える。だから、たいして減らない割には、社員はタイヘンになる。どこかおかしい。
実は、事業上では一時的にコストがふくらんで、その後、がくんと下がるのでもいいのかも知れない。仕事を見直すとなると、だいたいそうなる。そのふくらみを経営者が許すのか、「やらない」というのかは、事業と違う観点である。こういう場合、悩まない。だって自分が提示した基準外の話だから。
なぜ、こんな話をしているかというとマネージャって考え方の価値基準をどこに置くかが、ものすごく重要だから。基準が毎日変わる人は「上司は思いつきでものをいう」と揶揄される。基準外のことで評価されても仕方ない、と思わねば会社勤めは無理。派閥の風も日々吹く。だめなマネージャはその風に敏感である。結果、風に吹き飛ばされる。そういう風を無視して、企業が存在する理由を基準としていれば、ぶれない、違う判断をする場合も悩まない。結果、業績はあがる。
部下の仕事についても、あらかじめ基準を明記しておくことは重要である。議論の中で自分が基準違反をしていることだってあるのだから。 基準を共有することが「価値観を統一する」ことにつながっていく。サークルのノリで薄っぺらい自分の信念を振りかざしてはならない。
そもそも、人の考え方をかえさせて仕事をさせるというのは、すごく傲慢なのだ、と思ったことはあるだろうか。ファーストフードの店がいい例だが、マニュアルどおりの作業をし、勤務時間からあがったら、なにも悩みはない。なにを考えていても、きちんと作業をしてくれればいい
従業員の考え方を変えるというのは、思想の自由に介入することなのだ。勤務時間外でもオフタイムでも仕事で悩む状況は、人の考え方をいじってるからだ。しばしば「モチベーション」と簡単にいうが、モチベーションをあげるという行為は危険が常に伴っていることを忘れてはならない。
それゆえ、価値観は企業の上司として正当なものでないといけないのだ。モチベーションなり、議論なりはその範囲内ですることとなる。マネージャの訓練を受けていないと、安易に「みんなで気持ちをあわせよう」とかいうが、それは実はタイヘンなことをいっている。安易にまとめてはいけないのだ。人の気持ちはそれぞれ、今、かりそめにも同じ職場にいるから成果をうまくだそう、と考える。それを理解できなければ、マネージャは務まらない。それがリードするということだ。
いやぁ、これはウマイ!
ファミマで売ってるんですが、ちょっと知ってる女性は手が出ないだろうな、と思うネーミング。
が、これがウマい。ひょっとしたら銀座コージーコーナーのシュークリームと互角かも知れない。ここのところコンビニのシュークリームはクリームはあっさり、ホイップをぶちこむという私が嫌いな味だった。ここへきてファミマが出した、このシュークリームはカスタードクリームの味を正面から問い直した作品といえよう。
発見してから、毎日、3時のオヤツに買っている。
ここのところ何人かの若いリーマンと話をしていて、「課長ってどうするんすか?」とか「部長ってどうするんすか?」とかいう話を聞かされる。思えば以前、勤めていた某大手電話会社でも管理職としての基本的なトレーニングってなかったと思う。ましてや中小企業、ベンチャーの管理職ってなにしていいのか、わかんないんだと思う。何回か、記事を書いてみようかと思う。もちろん、独断が多いがそこは勘弁してほしい。
そもそも管理職、リーダーのスタイルって個性による。「こうでなければいけない」という管理の方法はない。「俺についてこい」タイプだっていいし、「みんなと相談、でも決めるのは俺」でもいい。各人の人間に対する考え方を曲げて、他人の方法をマネしてもうまくいかない。理想の管理職像を勝手に想定している人事部をよく見かけるが、あまりに人間に対する洞察に欠ける。逆に、管理職、リーダーとしての自分のスタイルは、一生追い求めなくてはならないものだと思ったほうがいい。
ただ、それじゃ「なにしてもいいじゃん」で議論にならないので、管理職としてのチェックリストを挙げておく。
1.まさか部下より自分が偉いと思ってませんよね?
部下がお客にいき、サービスを提供し、モノを作っているのであれば、部下の活動は会社の活動そのものです。それをリードするなり管理するなりは、「仕事をやっていただいている」のであり、俺がやらせている、と間違っても考えてはいけません。課長になったから偉い、という根本的な誤解が管理職の正しい教育を受けていない人間に見受けられます。
2.功績は部下のもの、責任は自分のもの
現場で高いパフォーマンスが出たとします。それを評価されたい一心で自分のものにしてしまう管理職がいます。が、経営者から見るとそういう管理職は失格です。考えても見てください。そのパフォーマンスを社長が「俺のものだ」といったら会社はどうなりますか?みんな「全部もっていかれるんだ」とヤル気をなくしますね。いい仕事は現場を褒める道具に使うもので、自分で消費してはいけません。高いパフォーマンスを奪い合うのではなく、多数作り出せるのが組織の長が考えるべきことでしょう。
一方、部下のチョンボは管理職が負うべきものです。「俺は知らない」は組織の長が絶対にいってはならないことです。いっていいのは、まったくの報告も連絡も相談も(ほうれんそう)がないままに勝手に行われたことのみです。それでも「俺は知らない」は結果として、ないのです。先の例と同じです。企業の不祥事を社長が「俺は知らん」と記者会見で言ったら、どうなりますか?
そして自分が育ってきた間に失敗は多々あったでしょう。それをぬぐってくれた上司がいたから今の自分があるのではないですか?もうひとつ、「俺は知らない」と逃げる人間についていく人がいますか? 「俺は知らない。なぜならば、・・・・・」と言い訳しても、みんなは事実を知っています。
3.すべては借り物
「俺は権力をもっているから部下は従うべき」と思っている人は、愚か者です。部下の先にはお客様がいます。お客様の前には社長でも頭を下げます。日々、お客様と働いている部下を命令でどうとかできると思っている人間は、私からすれば火薬庫の前でタバコを吸ってるバカ者です。一緒に仕事をしよう、と思わない限り部下だってついてくるわけがありません。特に能力の高い部下はついてきません。
同様に「仕事だから」と部下を説得しようとしている人もいます。これも権力を振り回すのと大同小異です。まったく説得になっていません。「仕事だから」というのであれば、あなたも口だけではなく手伝うべきです。それが役にたとうがたつまいが、そこまでやってこそ、会社として必要だという意味を伝える説得なのです。合意できないのであれば、そこまでやるのが管理職でありリーダーです。
そして、会社の資本も資材もすべては株主のものです。サラリーマンとは、他人の金を動かして仕事をしている人のことをいいます。だから、利益の大半をもっていかれても文句はいえないし、役員以下は株主総会で決まり、そこから役職は配分されているに過ぎないのです。退職、定年になれば返上するものです。権力も資金も、すべて借り物だということを忘れてはいけません。
上の3点をまず忘れないでください。これが管理職でもリーダーでもスタートの原則です。
オバマ氏が大統領になった、ということで、今後の米国の外交政策と日本のあり方についての議論がかしましい。
100年に一度のことが起きていると思っている私は、こういうアメリカ属国主義を続けると思い込んでいる記事は疑問に思う。一方で、この間、紹介した田中さんは「アメリカは一国で世界の安定を維持することをやめ、多極化主義にいこうとしている」と何年も前から主張されており、その中での日本はアジアのひとつの国として、きちんと主張しないといけない、世界からよくないと思われている国の後ろにしがみついている国はかっこ悪い、とおっしゃっている。
英語議論ではないが、自分の考えをもってきちんと意見をいう、ということをしたいと思う。そして、こんなことがエンジニアとしてなんの関係があるの?と思っているのなら、あらゆることに関係するよ、といっておきたい。たとえば、
- アメリカのIT会社以外にヨーロッパやロシアの会社を見聞することが増えるだろう。
- ドルはもっと下がるだろう。アメリカが本社の会社は給料が下がるかも知れない。
- アメリカの会社で日本から撤退するところも増えるだろう。
- 中国、インド、アジア圏との対等な取引が増えるだろう。
- 株主至上主義が弱まるだろう。
- 日本の企業は仕入れが安いので、景気はある程度回復するだろう。
もし、アメリカが景気対策として戦争を始めたとしても、大幅減税のため続行はむつかしく、やはりアメリカの力は弱まるようだ。
世界が、EU、 ロシア、中国、アメリカなどのように多極化するから一本立ちしなくちゃ、と考えるのか、アメリカ属国主義が続くと思うのか、よく見極めよう。
電話会議。(Telephone Conference)。通称、テレコン。テレコンはホントウにキツイ。
相手の顔が見えないから、なにを考えているかわからない。興味があるのかないのか。ホントウは賛成なのか反対なのか。とある用件で一時間電話インタビューされた時はクタクタになった。
相手を知っていて話すのはグッとラク。口調で感情がだんだんわかってくる。とはいえ、電話英語ってのがありますよね。自分が話しているをの”This is”といってみたり。
ここにIBMさま謹製のブックレットがあります。ひとそろい決まり文句が載っている貴重な資料です。
元IBMにいたというだけで、自信満々の元エンジニアをよく見かける。たとえば、こんな人。
20年前の技術を堂々と恥ずかしげもなく開陳する。しかも精神論ばっかり。なまじっか年を取ってるから、周囲が大人の論理で「年長者にあまり反対しても」とか「まぁ、そういう時代だったんだよ」とか思いこそすれ、誰も面と向かって「×」といわないから、本人は自信満々であちこちで恥ずかしい意見をジャブジャブ垂れ流す。まぁ、おそらくインターネットの検索も怪しいからこの記事が見つかることもあるまい。
別にこの人に限らず、同様の自慢話はお客や年寄りから聞かされることが多い。「メインフレームには今の技術のすべてがあった」とか、「大規模ソフトウェアの開発技法は決まってる」とか、ちょっとしたエンジニアだったら耳を覆いたくような科白の数々。こういう人の主張は必ず、次の話しにつながる。「だから、どんな技術もだいたいわかる。経験を積んだ俺のやることに間違いない。」
(モードチェンジ)
おいこら、待てよ。おっさん。あんたのその技術をなめきった態度で、若いころなにをしていたかだいたい想像がつくんだよ。そんな甘いこと考えてるから今の若者やってること、苦労が理解不能なんだよ。そんなちょろい経験なんか、今時、通用しねーよ。
メインフレームには今のような洗練されたTCP/IPのようなネットワークもなかったし、GDDMの3270グラフィック処理もダサダサ。RPCもなければ、つい最近まで、DLLという概念もなかった。コールバック関数ってなにかわかる?64ビットなんて木に竹をついだような体たらく。セキュリティに至っては2とおり(Problem,Supervisorモード)の状態しかもてないし、RACFは後付アプリケーション。システム開発はウォーターフォール以外は知らないし、オブジェクト指向をサブルーチンの一種だと思ってるだろ。
こんな原始的知識から勉強しないで最近の技術がわかる?ふざけんな。規模に耐えられているのも、CICS,IMSとかAIMがしっかりしてるからで、別にあんたの苦労じゃない。
(/モードチェンジ)
誰も知らないとばかり、半分ウソで飾られた昔話を撃墜してやりたい、という凶暴な気持ちに襲われることもしばしばある。
アマゾンの「お金は銀行に預けるな」の書評で、こんなコメントが繰り広げられている。
要するに銀行の金利は低いから、投資信託に預けなさい。「日本人もリスク資産を増やすべき」という主張をした。その結果、ドスンとリスク負担がきた。投資顧問会社をやっているからマッチポンプ本を書いたんだが、矛盾が表面化した。これが勝間和代やその他のアングロサクソンのやり方である。カリスマとして信用していた人は、まだ拝むのかね。
実は「投資信託がタイヘンなことになる」というのは、1年以上前から証券会社系の人たちの間では囁かれていた。マネーゲームに金をつっこんで、リスクが非常に高くなっていたからだ。まさか、こんなドンデン返しが、すぐにくるとは思わなかっただろうけれど、(俺も思わなかったけれど)、投資信託がすばらしい利殖法であるかのように宣伝した人々は道義的な罪は逃れられないと、私は思う。俺は自分も周囲にも「長い間にはなにが起こるかわからんから、元本保証がイチバン」といっていた派だからね。

上司に誘われ、ティー・ワイ・ハーバーブルワリーというお店に行った。天王洲運河の横で、よくドラマの撮影に使われている場所なんだそうな。
自家製のエール(ビールの親戚)は、うまかったし、ビーフステーキも私好みでうまかった。21時になると火曜日なのにお店はいっぱい!人気店ってそんなものかな。お値段はそれなり一人当たり9000円でした。
@ITに経済危機下のIT投資という記事がでている。これによると、世界的には最悪で2.5%減るそうだ。
日本ではそれじゃ済まないというのが、みんなの感覚じゃないだろうか。
それについてはこの記事の記者は日本は元々、ITの投資が効率悪いとし、「数日から数週間で利用開始できるようなオンデマンドのITだ。SaaSのようなサービスを使うか、社内IT部門が業務部門に対してシェアド・サービスとし てITを提供するか、その併用か。いずれにしても業務ニーズに即座に対応することで、業務を単に支えるだけでなく、これに直接貢献できるようにしなければ ならない」とガートナーのコンサルタントの意見を借りて述べている。
これ読んで私は「アホか」とふたつの意味で思った。
数週間で利用開始できる、その数週間の過ごし方を考えればわかる。実作業としては自分の環境のセットアップだけだろう。とすると、プロセスがコモディティ化されているものに限られる。経理、人事、SFAなどはそうかも知れない。が、その会社の根幹、バックボーンと言い切れるものがコモディティ化されたものでOKならば、その会社自体、たいした付加価値をつけていない、ということだ。ここのところ書き続けている「もう存在しなくていい会社」の可能性が高い。
古くからのユーザーでは、現行システムの中身を誰もきちんと引き継いでおらず、ブラックボックス化しつつあるという大きな闇がのしかかってきている。
それゆえ、この主張は安直に過ぎる。限定的な分野ではそうだろうが、一般論として書いた時点で実務に関する無知をさらけ出している。ホントウにガートナーのコンサルがいったのかな。条件がついていたんじゃないのかな。
もうひとつの意味でアホか、というのは、会社の経理、人事、営業管理、ひいてはIT部門が自分達の仕事がなくなるようなことはしないからだ。とある会社で経理の決算に巨額のムダ金を四半期ごとに使っているのを知っている。しかし、上から下まで自分達の仕事がなくなるのはイヤだから絶対にアウトソースしない。IT部門もしかり。オンデマンドなんか管理できません、といろんな理由をつけて弾き飛ばすに決まっている。自部門が縮小することを喜ぶ管理職がどこにいるというのか。ITとアウトソースでばっさりコスト削減できるのは経営者だけ。そんなテクノロジーと金に明るい経営者はめったにいない。それゆえ、こういう提案はするだけムダ。明後日の話は提案にならない。明日の話でなければ。
日本のIT開発投資は大企業は継続するだろうが、ちょっと規模が落ちる企業については、ぐっと絞るんじゃないのかなぁ。今年の前半は様子見だったし、後半は予算削減の話しか聞いたことない気がする。